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■14497 / 親記事)  干潟の桟橋70周年
  
□投稿者/ TK -(2013/10/04(Fri) 01:07:50)
    2013/10/04(Fri) 01:29:33 編集(投稿者)

    行きつけの干潟は英国野鳥の会(RSPB)の保護区なのですが、第2次大戦中はコンクリートの原料である砂利の大型採取場でした。これが1943年のことで、間もなく始まったのが英米空軍の大型爆撃機による対独反攻作戦。平坦なこの地方に無数の基地が建設されたとき、ここの砂利はコンクリートの主原料として使われたのでした。その結果、防潮堤の内側には広大な窪地が残され、これが今に見る水鳥の天国になったというわけです。一方干潟の側に建設されたオーク材の桟橋も撤去されずに残され、野鳥たちの休み場になったりしています。
    一枚目は、1950年代マニュアルレンズであるミノルタ135ミリで撮ったものです。
1400×1050 => 800×600

1380816470.jpg
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■14498 / ResNo.1)  Re[1]: 干潟の桟橋70周年
□投稿者/ TK -(2013/10/04(Fri) 01:13:59)
    これは昨年夏にBorg77EDUで撮ったミヤコドリです。
1400×930 => 800×531

1380816978.jpg
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■14499 / ResNo.2)  Re[2]: 干潟の桟橋70周年
□投稿者/ TK -(2013/10/04(Fri) 01:25:30)
    2013/10/04(Fri) 04:37:33 編集(投稿者)

    最後は鳥ばかりか、運のいい人たちの天国にもなっている情景です。一間か二間しかない小さなバンガローが数十軒並んでいるのですが、看板が出る前に売れてしまう人気の物件です。こんな天気のいい日には、その運のいい人たちは日向にテーブルを持ち出して優雅にお茶などを楽しんでいます。この写真は60年代のマニュアルレンズ、旭光学の400ミリによる撮影(2週間前)です。
1400×1050 => 800×600

1380817529.jpg
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■14506 / ResNo.3)  Re[3]: 干潟の桟橋70周年
□投稿者/ モアイ -(2013/10/04(Fri) 22:04:16)
    No14499に返信(TKさんの記事)
    TKさん こんばんは
    朽ち果てた桟橋は歴史の証人でも有ったのですね。海水と風雨にさらされても、未だに姿を残しているのは凄い事だと思います。その姿を、これまた歴史の有るレンズで撮影して敬意を表しているTKさんも凄いです。
    戦争中の砂利採取場の後地が水鳥の楽園になったというのも面白い話ですね。TKさんならではの作品ですね。

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■14507 / ResNo.4)  Re[4]: 干潟の桟橋70周年
□投稿者/ TK -(2013/10/04(Fri) 22:38:13)
    モアイさん、深夜に近い時間のコメントを嬉しく拝見しました。
    ミノルタのこのレンズはよほど評判だったのか、ごく最近のSony用にマニュアルレンズとして復活したそうです。凄くシャープな写りなので驚きましたが、ラッキーだったのは当時の2倍テレコンが千円足らずで入手できたことです。これでG6にくっつければ500ミリ、夕方の桟橋はこれで撮りました。でも左前になってからのレンズはシグマの製品が多くなってしまったようです。実は私の最初のカメラはミノルタでした。
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■14508 / ResNo.5)  Re[5]: 干潟の桟橋70周年
□投稿者/ たなか -(2013/10/05(Sat) 16:09:07)
    3枚ともに、オリジナリティーの高い画像だと感じます。

    ミヤコドリのお隣に、きのこのように腐食した金具が梁から突きだしているのがとても面白いです。20世紀芸術のオブジェのようです。コンクリートではなく木と鉄というのは味がありますね。年月の経過を感じさせてくれます。

    お隣にたんぽぽのような花がのどかに咲いているのも、またイイですね。
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■14509 / ResNo.6)  Re[6]: 干潟の桟橋70周年
□投稿者/ TK -(2013/10/05(Sat) 18:40:20)
    2013/10/05(Sat) 18:44:40 編集(投稿者)

    たなかさん、何かとお疲れのところにコメントをいただき恐縮しております。
    ネルソン提督が戦死したとき(1805年)の乗艦が同じオーク材の帆船。これが保存されているのは理解できますが、二十世紀半ばの急造桟橋が鉄板でなかったのは不思議です。おそらく戦時中とて鉄は軍艦や戦車に廻し、耐久力のあるオーク材を用いたのでしょう。おかげで、野生の草花の中でも生命力抜群のヒナギクが根付いたのでしょう。種を運んだのは風なのか、それとも追加の写真に出てくるアジサシ親子のような鳥たちなのでしょうか。
1400×1050 => 800×600

1380966020.jpg
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■14510 / ResNo.7)  Re[7]: 干潟の桟橋70周年
□投稿者/ ともべい -(2013/10/05(Sat) 21:55:35)
    No14509に返信(TKさんの記事)

    流石に、雰囲気のある光景ですね。
    第2次大戦中は・・・という言葉に重みを感じます。
    それにしても、この
    >1950年代マニュアルレンズであるミノルタ135ミリ
    レンズ、よく写りますね。
    私はペンタのM135mmをもってますが、135mmという焦点距離は使い心地が良いと思ってます。(APS-Cですが・・・)
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■14511 / ResNo.8)  Re[8]: 干潟の桟橋70周年
□投稿者/ TK -(2013/10/05(Sat) 22:36:19)
    ともべいさん、コメントをありがとうございました。戦中少年の私には大戦がらみの記憶に生々しいものがありますが、この桟橋にしても当時を知る人は少なくなってしまったようです。Pentaxの135ミリレンズ、私は50-135ミリズームにミノルタの単焦点が加わって使い回すのがたいへんになりました。ニコンやミノルタの300ミリ単焦点も含めて変換アダプターがあれば、K-5IIsでどう写るか試してみたいところです。
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